努力=苦しいもの だと思ってない?
こんにちは!
スポーツメンタルコーチの長尾優希です。
突然ですが、皆さんは努力についてどんな解釈をしていますか??
努力=続けること
努力=行動すること
色々な解釈があると思いますが、
努力=苦しいもの
だと思った事はありませんか?
「努力しているなら、苦しさがあるはずだ」
「歯を食いしばって頑張ることこそが努力だ」
こうした解釈は、スポーツの世界でも、日常でも当たり前のように語られています。
ですが、本当にそうでしょうか?
この“当たり前”は、ただの思い込みかもしれません。

「努力=苦しい」は、本当に当たり前なのか?
この考えを持っている多くの人は、努力には苦しさがセットだと信じています。
苦しんでいない自分を
「まだ本気じゃない」
「もっとやらなきゃ」
と、責めてしまう選手も少なくありません。
しかし、努力の定義をよく考えてみると、「苦しんでいるかどうか」は、本質ではありません。
努力とは
“自分の望む状態に近づくために、意図を持って行動を続けること”です。
そこに、苦しさが必須条件として、入っている訳では無いのです。
むしろ
「苦しさがないと、努力じゃない」
という考え方は、自分を追い詰めるだけで、成長の妨げになることもあります。
好きなことに夢中になることも、立派な努力
努力=苦しいもの、歯を食いしばること
このイメージが強すぎると、選手は
「楽しんでいる自分」
を、否定してしまいます。
ですが、好きなことを夢中になって続けることも、間違いなく努力です。
例えば
・野球が好きで、毎日バットを振る
・気づいたら何時間も投球フォームを確認している
・練習が楽しくて、時間を忘れて取り組んでいた
これらは全て
「努力の継続」
です。
苦しさは無くても、成長に向かって行動していることに変わりはありません。
だからこそ、努力の本質は続けることだと思います。
そして、続ける理由は、苦しさだけではなく、楽しさや、好奇心でもいいのです。
努力の過程を楽しめる自分になれたら?
もし、努力の過程そのものを楽しめる自分になれたらどうでしょうか?
もし、そうなれたら結果のためだけに頑張るのではなく、成長していく過程や、挑戦そのものを楽しめるように、変わっていきます。
そして
「苦しみながら、頑張る」のではなく
「やりたいから、頑張る」という状態になっていきます。
この認知の転換は、選手の行動量を大きく変えます。
苦しさを原動力にすると、限界が来た時に、止まってしまいます。
しかし、楽しさや、好奇心を原動力にすると“続けること”が自然になります。
努力を“成長のプロセス”として、捉えられるようになると、選手は自分のペースで、長く、そして深く、取り組めるようになります。
まとめ
努力=苦しいもの
この思い込みを外すだけで、選手の行動は大きく変わります。
努力とは、苦しさの有無ではなく
「望む未来に向かって、行動を続けていけるかどうか」
です。
楽しみながら続ける努力もあれば、夢中になって、気づいたら積み重なっている努力もあります。
努力の形はひとつではありません。
「苦しさがないと、努力じゃない」
という思い込みから離れ
「やりたいから、楽しいから続ける」
という、努力の形を選べるようになったら、どんな素晴らしい変化が待っているでしょうか?

